我々にとって最大の問題は、コロナによるパンデミックや気候変動ではありません。種の絶滅、環境に入り込んだ毒性物質、貧困、あるいは自然界への抗生物質の拡散でもありません。何か大変なことが起きてから、それが我々の組織や社会の基本的な設計にどう関係しているのかを理解することもせずに対応しようと騒ぐ世間やリーダーたち、それが一番深刻な問題です。結果的に社会や生態系にあまりにも大きなインパクトが広がってしまい、起きている不具合を別々に切り離して対処することができなくなっています。対処するには、システム指向のアプローチを使用して、不具合の根っこの部分から手当てしなくてはなりません。実をいうと、人間社会は複雑なシステムを上手に扱うのが苦手なのです。上下の序列で分かれてそのそれぞれがサイロ化した縦社会ですから、その全体を理解できる、あるいは責任をもって統制できる人はほとんどいません。
人類は技術至上主義に凝り固まったシステムを作り上げ、それが自然界の機能にどのような影響を与えるかも考えずに自然を従わせようとしてきました。その結果、例えばプラネタリー・バウンダリー(ロックストロームら、2009年)のように、様々な形で表現されている生態学的な窮乏が生み出されました。プラネタリー・バウンダリーとは、そこを越えると自然が文明を支えることができなくなる境界(バウンダリー)を示すモデルで、大気中の二酸化炭素濃度、種の絶滅率、世界中の海洋への窒素の流入などの境界は、すでに激しく浸食されています。我々はすでにいくつかの境界を越えており、このままでは残りの境界もいずれ越えてしまうでしょう。それ以外にも、現在自然界に蓄積している何千種類もの化学物質のように、まだ特定あるいは数値化されていない境界があります。人間の文明に脅威となった化学物質の一例が、フロンです。世に出た時、フロンには毒性がなく生物の体内組織に蓄積もしない、とさかんに言われました。その時点で、事態はすでに不幸な結末を迎えたも同然だったのです。
怪我や治療の経過、救急救命を研究するには、根本的な原因の分析が当然必要なはずです。それなのに原因に対処せず対症療法を重視する今の流れは、過剰なカロリーの摂取という根本的な肥満の原因には目を向けず、肥満によって起こる肝障害、血管系の病気、糖尿病、心不全、狭心症だけを治療しているのと同じです。すでに深刻な症状が現れている場合には、原因と症状の両方に取り組まなくてはなりません。
先の肥満の例と同じで、サステイナビリティに関連する数多くの問題は互いに関連し合っていますが、その原因は人間がサステイナビリティの境界条件を侵しているからです。幸いにも、その事をシステム理論とデザイン・サイエンスの最先端の研究が実証してくれました。そのおかげで、持続可能な開発を達成するためのはるかに優れた条件が新たに作り出され、自然に論理的な結論が導き出されました。つまり、複数のセクターをフレームワークの原則に合わせてモデル化したマルチ・セクター型の戦略プランニングが可能になったのです。これにより、経済的に無理なく段階的な進捗に取り組むことができるようになり、例えば国連のSDGsのような意思決定、計測、ならびにコミュニケーションをサポートする様々な手法が生み出されています。SDGsについては、この後詳しく述べたいと思います。
研究の革新的な成果が行動をどのように変えることができるのかを示しているのが、がんの事例です。がんの根本的な原因がわかる以前には、医師は様々な症状が互いに関連し合って現れていることを理解しないまま対症療法を行っていました。患者は悪化し続ける貧血、疼痛、倦怠感、臓器不全、衰弱、しこりといった「漏斗」に深く深く落ち込んでいき、病巣が広がると死亡しました。その後、がんは単クローン性の病であることが発見されました。つまり、体内に生まれた単一のがん幹細胞が形質転換して広がっていく仕組みを持つということです。連なった因果関係の大元にある根本的な原因が判明すると、がん治療のフレームワークが突然見えてきました。細胞病理学者、放射線科医、薬理学者、外科医、免疫学者、看護師、カウンセラーなどの各分野の医療専門家が、それぞれの「サイロ」に貯めこまれていた知識を開花させ、協力してがん治療のための世界共通の境界条件を2つ実現しました。一つは一番新しいがん細胞を死滅させて再発できないようにすること、もう一つは患者を死なせないことです。現在、がん患者の50%以上は治療で回復しており、その割合は向上し続けています。
現在、我々の社会は持続不可能という死に至る病を患っており、その容態は日に日に悪化しています。そして、がんの治療法の境界条件を見つける前と同じように、根本的な病因がますます病を重くしているというのにそちらの手当てはせず、現れる症状だけに対処しようとしています。つまり、我々が見ているのは、病の原因から連鎖的に症状が現れる因果関係の末端だけで、しかも痛みが耐えがたくなり、高い治療費がかかる状態になるまでは治療を始めることもしません。「冗談じゃない!フロンがオゾン層を破壊するとか、津波が原発事故を引き起こすとか、物質とエネルギーが一直線に流れる直線型の生産が大切な生態系と気候をめちゃくちゃにするとか、あるいは権力構造が偏っているせいで人口が急増し、経済格差や不衛生な生活環境、パンデミックを引き起こすとか、そんなこと予想できる人がいますか?」
人類が直面する多くの課題に立ち向かうために、世界中の国々が国連の持続可能な開発目標(SDGs)に取り組んでいます。SDGsとは、サステイナビリティを17の重要な分野に分けて語るよく考えられたストーリーで、目指している方向は正しいのですが、システム的なアプローチが抜けています。要するに、問題の根本的な原因ははっきりと説明されていないのです。そのため、組織にとっては全部のSDGsを自身の業務や活動の目標に取り込むことは不可能です。そこで、事業や活動に一番関わりがあるはずの目標を無視したり、「選択」したりします。これでは目指していたものを達成するチャンスは失われます。なぜなら、SDGsが目指しているのは、将来のために世界中が力を合わせて取り組むことだからです。段階的なプロセスを用いてプライオリティを決めることを学んだ組織は、取り組みをスムーズに進めることができます。自らの戦略構造をSDGs全体と照らし合わせることで、自身の目標、課題、機会やプライオリティに何か足りないものがないか確認することができます。世界的なムーブメントの一翼を担うことができるのです。SDGsはそれを助けてくれます。
戦略的サステイナビリティに関する研究課題も、がんのケースと同じです。政治家、研究者、ビジネス、市民が手を取り合い、それぞれの「サイロ」から関連する知見を持ち寄って、メタ・レベルの「持続不可能な」境界条件を見つけ出さなくてはなりません。そのためには、がんの治療法と同様に、問題の根本的な原因に取り組むに当たっての境界条件が確かな科学に基づいていること、日常の活動に結びつけられること、誰もが理解できる共通の分類方法で示されていることが必要です。
近年、研究者や意思決定者の国を超えた連携により、以下のような複雑なシステムや境界条件の理解が進んでいます。持続可能な社会づくりを目指す我々の取り組みの手引きになってくれるに違いありません。描かれる未来像は、建設的でポジティブです。そして希望を感じさせてくれます。